EMT (上皮間葉転換) の大きな特徴の1つに上皮の完全性が失われる点が挙げられます。これは、上皮細胞間の接着を維持する接着結合が減退した結果として起こります。この主な原因としてマトリクスメタロプロテアーゼ (MMP) によるタンパク質分解が挙げられ、MMPの発現はEMT関連パスウェイ (TGF-βなど) によって制御されています。接着結合の減退は、上皮特異的なタンパク質 (E-カドヘリン、オクルディン、デスモプラキンなど) をコードする遺伝子の転写が抑制されることでさらに促進されます。この転写抑制はSNAILなどのEMT促進性の転写因子によって起こります。EMTの間、上皮の接着接合の選択された構成因子が、結合の柔軟性を高めるタンパク質 (N-Cadherinなど) に置き換えられ、細胞が分離することができるようになり、細胞の運動性が高まります。EMTのプロセスには、アクチン細胞骨格のリモデリングも関与します。この過程を促進するメカニズムの1つとしてERM (Ezrin/Radixin/Moesin) タンパク質の発現変化が報告されており、浸潤性乳がん細胞ではMoesinの高発現がみられます。ERMタンパク質はまた、一部のがん幹細胞で高発現する細胞表面糖タンパク質CD44と相互作用し、細胞の運動性やがん転移に深く関わっています。これは一部、ERMタンパク質がHyaluronanやVersicanなどの細胞外プロテオグリカンの受容体として機能することに依っていると考えられています。
EMT転写因子Twistは、浸潤突起と呼ばれるアクチンに富んだ細胞膜突起の形成を誘導することが報告されています。浸潤突起の先端にはMMP-7、MMP−9、MMP-14といったプロテアーゼがリクルートされ、細胞外マトリクスや基底膜を分解してがんの浸潤と転移を促進します。また、Twistのほか、Slug、Snail、ZEBといったEMT関連転写因子がCollagen 1、Vitronectin、Fibronectinなどの上皮細胞外マトリクス (ECM) の発現を上昇させることが分かっています。いくつかのIntegrin複合体の発現も、EMTで上昇します。これにはFibronectinに結合するIntegrin α5β1と、Collagen 1に結合してE-Cadherin複合体を減退させるIntegrin α1β1とα2β1などがあります。SPARCはCollagenとIntegrin α2β1の相互作用を促進する糖タンパク質で、このようなECM結合タンパク質によってECMと細胞の相互作用が調節されています。SPARCはSLUGの発現を調節してEMTを誘導し、黒色腫などで悪性度の上昇に関与していることが分かっています。別のECMタンパク質SERPINE1 (PAI-1) は、VitronectinとIntegrin αvβ3の結合を阻害します。SERPINの高発現は種々のがんで悪性度との相関がみられ、これは細胞とECMの接着点がSERPINによって破壊されるためであると考えられています。TIMP1はCD63と協調的にβ1 Integrinシグナル伝達経路を活性化し、正常細胞のEMT様の形質転換を調節することが分かっています。
本パスウェイ図の作成にご協力いただいたレノックス・ヒル病院Northwell Health、Friedman Diabetes Institute所長のDimiter Avtanski博士に感謝いたします。