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シグナル伝達におけるリン酸化依存性タンパク質結合ドメイン

Piers Nash
ベン・メイがん研究所
シカゴ大学
米国イリノイ州シカゴ

Tony Pawson
Samuel Lunenfeld Research Institute
Mt. Sinai Hospital
Toronto, Ontario, Canada

細胞内シグナル伝達ネットワークは、タンパク質同士、タンパク質と脂質、核酸、小分子との相互作用を介して組み立てられており、細胞の挙動の多くの異なる局面を制御しています。この仕組みによって、細胞内の「配線」が細胞外部からの刺激に動的に応答することが可能になり、また、限られたセットのシグナル伝達タンパク質が、異なる細胞の状況において異なる生物学的機能を提供できるような、柔軟性が得られます。例えば、軸索ガイダンスや脳の形成に重要な哺乳類の受容体は、出生後の学習や記憶に関係する後シナプス機能を調節することもできます。多くのヒト疾患がシグナル伝達の崩壊に起因することから、シグナル伝達経路がどのように構築されているかを調べることは、正常な細胞の働きのみならず、疾患の分子基盤の理解にも繋がります。

翻訳後タンパク質修飾、特にプロテインキナーゼによるリン酸化は、シグナル伝達を制御するための一般的な機構です。この調節装置はシグナル伝達タンパク質の物理的相互作用と密接に関係しています。なぜなら、リン酸化依存的に標的に結合する一連のタンパク質ドメインが知られており、タンパク質のリン酸化は、このようなドメインの結合部位を作り出すことで、調節機能を果たすからです。

タンパク質同士の相互作用は、細胞質ポリペプチドの活性型受容体へのリクルート、タンパク質の巨大複合体の形成、タンパク質の細胞内局在の制御、酵素-基質間の相互作用の特異性の規定などに関与しています。典型的には、タンパク質相互作用ドメインは、およそ35–150個のアミノ酸の独立した折り畳みモジュールです。これらのモジュールは、生理的なパートナーとの結合能力を保持したまま、宿主タンパク質から分離して発現することもできます。それらのN末端とC末端はしばしば空間的に並置され、結合表面はドメインの反対面上にあります。この配置は、ドメインを宿主ポリペプチドに挿入させる「plug-and-play」構造を形成させ、リガンド結合部位が突出してリガンドと結合し、その結合が維持されるようになります。進化論的には、これは、モジュラードメインまたは露出したリガンドの付加を通して、ポリペプチドが新しい機能やさらなる複雑性を獲得するという魅力的なモデルを提示します。

リン酸化依存的なタンパク質結合ドメインは、典型的には、結合パートナーに含まれる特異的なペプチドモチーフを認識し、このモチーフのチロシン残基もしくはセリン/スレオニン残基のリン酸化に依存的に結合します。受容体型チロシンキナーゼ (RTK) シグナル伝達経路は、プロテインキナーゼと、リン酸化依存的結合ドメインが協調的に生化学的パスウェイを活性化する良い例です。多くの場合、RTKは増殖因子が結合することで (あるいは、構成的なオリゴマー化を引き起こす発がん性の遺伝子変異によって) 二量体化し、これによって一方の受容体鎖が他方の鎖を交差的にリン酸化し、活性化されます。この自己リン酸化は、2つの結果を引き起こします。1つ目は、キナーゼの活性化領域がリン酸化されることでコンホメーション変化が起こり、酵素活性自体が促進されることです。2つ目は、非酵素領域 (膜近傍領域、C末端尾部、キナーゼ挿入ドメインなど) や、キナーゼ活性化領域のリン酸化により、SH2ドメインやPTBドメインなどの細胞質標的タンパク質に結合する部位が形成されることです。現在、ヒトゲノムには110の異なるタンパク質に、120のSH2ドメインがコードされていると推定されています。SH2ドメインは、それらのリガンドに拡張鎖として結合します。全てのSH2ドメインは保存された結合ポケットを介してリン酸化チロシン残基を認識します。さらに、リン酸化チロシンのすぐC末端側の少なくとも3残基が、個々のSH2ドメインによって異なる様式で認識され、シグナル伝達の特異性が生み出されます。したがって、受容体の自己リン酸化部位の前後のアミノ酸配列によって、それぞれのRTKが活性化された際に結合するSH2タンパク質が選定されており、細胞内で活性化されるシグナル伝達パスウェイの範囲が異なってきます。SH2ドメインが、リン酸化チロシンシグナルと細胞内標的をつなぎ合わせる、ポータブルモジュールとして機能するという見解に一致して、SH2ドメインをもつタンパク質は、Ras様低分子量Gタンパク質、リン脂質の代謝、遺伝子発現、細胞骨格の構成、タンパク質のリン酸化など、広範囲の生物学的機能を制御しています。多くの場合、SH2ドメインは触媒モジュールに共有結合的に連結されておらず、相互作用領域のみ (SH2、SH3ドメインなど) で構成されるアダプタータンパク質にみられます。このようなアダプタータンパク質は、多数のタンパク質からなるシグナル伝達複合体形成の核になることができ、リン酸化チロシンのシグナルを細胞内の特定の標的に伝えることができます。

インスリン受容体の主要な基質であるIRS-1などのドッキングタンパク質にみられるPTBドメインも、リン酸化チロシンを含むモチーフを認識することが知られています。PTBドメインは典型的にはBターンを形成するNPXY配列に結合します。PTBを持ち、チロシンキナーゼシグナル伝達に関与するタンパク質 (IRS、Shc、FRS2、Dokファミリーメンバーなど) の安定な結合のために、NPXYチロシンのリン酸化が必要です。このようなドッキングタンパク質自身もSH2ドメインに認識されるチロシン残基を複数持っており、リン酸化依存的なタンパク質間相互作用が連続して起こることでシグナル伝達の経路やネットワークが構築される好例となります。SH2およびPTBドメインは共にリン酸化チロシンを含む配列を認識しますが、これらに構造的な関連性は無く、異なる方法でリン酸化ペプチドリガンドを認識します (リン酸化チロシン結合ポケットの共通の特徴として、塩基性のアルギニン、リジン残基が挙げられますが)。同様に、リン酸化されたセリン/スレオニン残基を含むモチーフに選択的に結合するドメインも、全く異なる折り畳み構造をとります。

真核生物におけるプロテインキナーゼの大部分は、セリン/スレオニン残基をリン酸化し、細胞周期から遺伝子発現や代謝に及ぶ細胞機能の面を調節します。14-3-3タンパク質、FHAドメイン、MH2ドメイン、WD40リピートドメイン、BRCTドメイン、Polo-Boxドメイン、FFドメインおよびWWドメインは全て、特定のリン酸化セリン/スレオニンを含むペプチドモチーフに結合する能力を持っています。例えば、FHAドメインはDNA損傷修復に関与するプロテインキナーゼにみられ、リン酸化スレオニンを認識して結合しますが、結合の配列特異性はこのスレオニンのC末側+3残基によって規定されています。酵母のプロテインキナーゼRad53は、FHAドメインを介して他のタンパク質と相互作用し、DNA損傷に対する細胞応答で重要な機能を果たします。MH2ドメインは、構造的にFHAドメインと類似しており、活性化されたTGFβ受容体のセリン/スレオニンキナーゼ (RSK) の標的となるSMADタンパク質にみられます。I型TGFβ受容体のセリンに富む膜近傍領域が自己リン酸化されることで、pSer-X-pSerモチーフを認識するSMAD MH2ドメインの結合部位が形成されます。受容体に結合したSMADはC末端モチーフがリン酸化され、リン酸化依存的SMAD複合体の形成されます。形成されたSMAD複合体は受容体を離れて核に移動し、遺伝子発現を調節します。詳細は全く異なりますが、下流の標的タンパク質のリン酸化依存的タンパク質結合ドメインによって特異的なリン酸化モチーフが認識される点において、RTKとRSKはよく似通っています。

また、タンパク質のリン酸化の認識が複雑な細胞シズテム同士の橋渡しを担うこともあります。例えば、ユビキチン化を介したタンパク質分解や細胞膜受容体の内部移行には、標的タンパク質のリン酸化が関与していることがよくあります。E3ユビキチンリガーゼc-Cblの異型SH2ドメインは、チロシンがリン酸化された細胞膜受容体を認識し、E2ユビキチン結合酵素をリクルートすることで受容体のモノユビキチン化を誘導します。モノユビキチン化修飾された受容体は、エンドサイトーシスに関与するタンパク質のユビキチン結合ドメインによって認識されます。同様に、E3ユビキチンリガーゼSCF複合体は、基質認識サブユニットF-boxタンパク質のWD40リピートまたはロイシンリッチリピートドメインを介して、リン酸化された分解基質を認識します。これによって分解基質はポリユビキチン化され、プロテアソームにリクルートされます。

最後に興味深いこととして、タンパク質結合ドメインの結合特性は一見かなり単純ですが、その柔軟性、マルチタンパク質複合体の形成能力、精巧な生物学的機能 (閾値の設定、シグナルの統合、all-or noneスイッチの作成など) の媒介能力を得るために選択されてきたものであることを示唆する証拠が次々に示されていることに言及します。リン酸化は、タンパク質複合体形成の制御を介して細胞の動的な挙動を制御する仕組みであると捉えることもできます。リン酸化依存性タンパク質結合ドメインやその他の相互作用ドメインは、高度に柔軟かつ動的なプラットフォームを提供し、細胞調節に寄与しています。

CSTは、当社カタログおよびウェブサイトのタンパク質ドメインセクションに対して貢献していただいた、以下の方々に心より感謝いたします。

Piers Nash1、Dan Lin3、Kathleen Binns2、Clark Wells2、Rob Ingham2、Terry Kubiseski2、Bernard Liu1、Matt Smith2,3、Ivan Blasutig2,3、Maria Sierra1、Caesar Lim2,3、Michael Arcé1、Jim Fawcett2、Tony Pawson2,3

  1. シカゴ大学、ベン・メイがん研究所 (Chicago, Illinois, 60637, USA)
  2. マウントサイナイ病院、サミュエル・ルネンフェルド研究所分子生物学とがんプログラム (Toronto, Ontario, M5G 1X5, Canada)
  3. トロント大学、分子臨床遺伝学部 (Toronto, Ontario, M5S 1A8, Canada)