細胞は外因性および内因性ストレス因子にさらされており、これらのストレス因子によってDNA損傷が起こると、DNA損傷応答 (DDR:DNA-Damage Response) が誘導され、多くのDNA修復経路が活性化されます。DNA損傷には、一本鎖断裂 (SSB:Single Strand Break) や二本鎖断裂 (DSB:Double Strand Break) などのホスホジエステル結合の切断から、ピリミジンダイマーやミスマッチ、クロスリンクなどの塩基損傷まで、様々なものがあります。このような損傷が適切に修復されない場合、突然変異が起こり、ゲノムの不安定性が広がっていきます。これは腫瘍を促進するがんの特性の1つです。増殖中のがん細胞は変異誘発性で、機能的なDNA修復経路が欠落するため、DNA損傷の影響を受け易くなります。
がんの生物学にDDRが関与することから、がん細胞が依存するDNA修復経路を標的としてがんを抑制する、新たな標的療法が開発されてきました。例えば、PARP (poly [ADP-ribose] polymerase) 阻害剤はBRCA1/2欠損患者の治療薬として開発され、相同組換え (HR) による修復ができないがん細胞に合成致死効果を引き起こします。また、プラチナ系化学療法剤はDNA損傷を引き起こし、これを修復できないがん細胞を死滅させます。
DSBを修復する第一の方法は、非相同末端結合 (NHEJ) です。NHEJは相同な鋳型を必要とせず、切断された末端を連結します。NHEJ修復にはKu70/Ku80ヘテロ二量体が関与します。これがDSBを認識して結合し、DNA-PKcs、XRCC4、LIG4、XLF、APLFなど他の構成因子をリクルートします。Alt-NHEJ (Alternative NHEJ) では、Mre11、Rad50、Nbs1からなるMRN複合体によってPARP1がリクルートされ、POLQが修復を行い、XRCC1とLIG1/3が連結反応を行います。相同組換え (HR) はDSBにおいても鋳型を利用する修復です。これは高度に制御された経路で、MRN複合体を含むエンドヌクレアーゼによってsssDNAの末端が分解されることで起こります。次に、この末端はRPAフィラメントでコーティングされ、RAD51に置き換えられて鋳型DNAの相同領域を探します。この経路には、BRCA1、BRCA2、ATMなど多くのがん抑制因子が関与しています。
DNA鎖間架橋 (ICL) は、相補鎖の2つの塩基同士が共有結合的に架橋されることで生じるDNA損傷で、DNA鎖の分離を妨げ、転写や複製を阻害します。FANC (Fanconi anemia complementation group) タンパク質が関与するファンコニ貧血 (FA) 経路は、ICLの修復を担います。DNAのらせん構造を歪め、DNAの複製や転写を阻害するようなSSBは、ヌクレオチド除去修復 (NER:Nucleotide Excision Repair) で修復されることもあります。XPF-ERCC1とXPGがエンドヌクレアーゼとして損傷した鎖を切断し、POL δとεがこの損傷を修復し、LIG1が連結反応を行います。NERには2つのサブ経路があります。1つ目は全ゲノム修復 (GG-NER) で、塩基対の破壊によって形成されたssDNAの隙間を埋めます。2つ目は転共役修復 (TC-NER) で、損傷によって停止したRNAポリメラーゼIIの転写活性部位を修復します。塩基除去修復 (BER) は、DNAらせんに大きな歪みを与えない、塩基の酸化を修復します。BERには損傷部位のクロマチンリモデリングが関与し、損傷した塩基を認識して切除する11種類のDNAグリコシラーゼが存在します。塩基除去の後、脱塩基部位が形成されます。単一塩基の場合、脱塩基部位はPOL βと、LIG1またはXRCC1と複合体を形成したLIG3による連結反応で修復されます (SP [Short Patch] BER)。複数の酸化部位や還元部位の場合は、POL βまたはPOL δ/εと、LIG1による連結反応が利用されます (LP [Long Patch] BER)。DNA複製のエラーによってヌクレオチドのミスマッチを含む場合は、ミスマッチ修復 (MMR) 経路によって修復されます。損傷は、MSH2:MSH6複合体またはMSH2:MSH3複合体によって認識され、エキソヌクレアーゼEXO1によって除去されます。
このように、DNA修復経路はゲノムの安定性の維持に重要です。これらのメカニズムの制御を理解することで、発がんを標的とした戦略を立案するための知見が得られ、がんが進行する前にリスクを軽減することができます。