胚性幹細胞 (embryonic stem cell:ESC) には、多分化能と自己複製能という明確な2つの特徴があります。これらの性質により、ESCは成体内において、いかなる細胞にも成長することができる一方で、未分化状態を維持したまま分裂し続けることもできます。こうした性質は、多数のシグナル伝達経路によって制御されています。ヒトESC (hESC) において、多能性と自己複製能に関与している主なシグナル伝達経路は、Smad2/3/4を介したシグナル伝達を行うTGF-βと、MAPK経路およびAkt経路を活性化するFGFRです。Wnt経路も多能性を促進していますが、これは転写活性化因子であるTCF1と抑制因子であるTCF3との間の均衡に関与する、標準的でないメカニズムを介して行われている可能性があります。これらの経路を通じたシグナル伝達が多能性を支えていますが、その働きは重要な転写因子であるOct-4、Sox2、およびNanogの3つに依存しています。これらの転写因子はESCに特異的な遺伝子の発現を活性化し、また自身の遺伝子発現をも制御する一方で、分化に関与する遺伝子を抑制します。さらに、これらはhESCマーカーとしても用いられます。hESCの同定に使われるその他のマーカーは、細胞表面の糖脂質であるSSEA3/4、および糖タンパク質のTRA-1-60とTRA-1-81です。in vitroでは、hESCは3つの一次胚葉 (内胚葉、中胚葉、外胚葉) や始原生殖細胞様細胞の誘導体になることができます。このプロセスを担う一次シグナル伝達経路の1つがBMP経路です。この経路ではSmad1/5/9を使ってNanogの発現抑制と、分化に特異的な遺伝子の発現活性化の両方を行うことで、分化を促進します。Notch経路もまた、そのNotch intracellular domain (NICD) を介して分化に関与しています。分化が進むと、各一次胚葉から分化した細胞は、分化系列特異的な経路に沿ってさらに分化していきます。
この図をレビューして下さった、ハーバード大学、Center for Regenerative Medicine、HHMI and MGH Cancer Center (マサチューセッツ州、ケンブリッジ) のJustin BrumbaughおよびKonrad Hochedlinger教授に感謝いたします。
作成日: 1.05.2009
改訂日:2016年9月